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私というドラマを生き、気づきという愛を奏でる|ノンデュアリティと非二元と悟り

A Course in Miracles(奇跡講座)をベースに非二元とこの世界の摩訶不思議さを生きるブログ
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自分と他人の思考が一つとは?

こんにちは^^中村です。

ブログの読者さまからご質問を頂きました。

おもしろいご質問だったので、ご了承の上、ブログで公開回答をさせて頂きたいと思います。

ご質問内容



私と彼、他の人の思考はすべてがひとつで、物事は起きているという解釈で合っておりますか?

例えば、いま「コーヒーを飲んでいる私」は、全員の意識が集まった現象なのでしょうか?

それは「私」だけの(思考?の)現象ではないということなのでしょうか??

で もそうなるとすべての人の意識は現実化しているとなる。

けれども中村さんは"思考は現実化しないときもあります"とおっしゃいました。

そのことが、うーむとなりまして・・。

(30代女性 会社員 Y.Mさまより)

ご質問の答え



ご質問の件なのですが、たぶんMさんがご想像しているのとは、ちょっと違うのかもしれません。

まずこの世界は元をたどれば一つの思考からできています。

そして私たちはこの一つの思考が無数に分裂したことでできてしまった形態です。

これが前提です。

理解しやすいようにまずは一つの思考ということについてだけを考えることにします。

三色パンというのをご存知だと思います。

チョコとジャムとクリームの3種類が食べれるパンなのですが、思考は70億色パンだと思ってください。

三色パンは一つのパンです。

なので70億色パンも一つのパン(思考)です。

私たちはそのパンをそれぞれちぎって食べています。

当人としてはチョコ味だ!と思っていますが、他の人にとってはパンはジャム味だったり、クリーム味だったりします。

私たちは一つの思考のそれぞれの面を採用して、その採用したものを自分の思考だと思い込んでいるのです。

次に私たち自身が一つということについてですが、アメーバをイメージしてみてください。

分裂を繰り返します。

合体もします。

分裂したアメーバは元々のアメーバとは別のもののようになっていますが、元々は一つです。

でも一つだからといって分裂したあとは同じ動きや(もしも思考があるのなら)同じ思考をすることはありません。

でも合体したらバラバラには動きません。

私たちも一つが分裂してできました。

そしてそれぞれが意識をもっているように思っています。

その個別の意識を持っているという意識が個別の経験をつくりだすのです。

なので、二人以上が同時に同じ猫をみたときに、一人はその猫の毛色をグレーだと言い、一人は茶色だということを言うことはありえません。

けれどもその二人の人間の今までの経験は全く違います。

一つでもあるし、分裂している部分もあるというのはそういう感じなのです。

次に「思考が現実化することもあるし、しないこともある」ということについては、この残虐でもあるし、愛もある世界がどうしてできたのかというところにまで遡らなくてはいけません。

なのでお話しするだけで1時間コースになっちゃいますので、割愛させてください。

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