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私というドラマを生き、気づきという愛を奏でる|ノンデュアリティと非二元と悟り

A Course in Miracles(奇跡講座)をベースに非二元とこの世界の摩訶不思議さを生きるブログ
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私たちの問題のはじまり

こんにちは^^中村です。

私たちは生きる上で様々な問題(悩み)を抱えています。

ある人にとっては、もう生きている意味がないような気持ちになっているかもしれません。

その問題は解決できるのでしょうか?

それともずっとこの先も虚無感や問題に悩んで生きていかなくてはいけないのでしょうか?

これを解くヒントは、問題の始まりにあります。

それは“あなた”の問題の始まりではありません。

意識として個別の思考をもったときの「私(あなた)」に遡ります。

非二元とは“そこ”に対してアプローチする世界なんです。

問題が外に発生するわけ



前回までで、非二元からみた宇宙の始まりをみてみました。

簡単にいうと、「宇宙」というのは、神(一なるもの、愛)の罰を怖れた私たちの逃げ場所です。

恐怖を抱いたわけは、「神から分離(個別化)」をしたということから始まりました。

その恐怖から逃れるために、私たちは心の中の恐怖を外側に投影した形が宇宙だったのです。

外側に投影してしまったので、「自分以外の場所」に問題(恐怖)があると錯覚しているということなんです。

私たちは何か問題が発生すると、外側に意識が向きます。

これは問題は自分以外の外側にあると錯覚しているためなんです。

神さま(のような存在)もどこか遠くに存在するように感じます。

これも心を外に放り出してしまったために外に存在するように感じるということです。

すべて錯覚、それは夢(幻想)



ただ、これらの現象はすべて錯覚です。

神(一なるもの、愛)から分離したように感じるだけで、私たちは神(一なるもの、愛)から離れたことはありません。

神(一なるもの、愛)から離れることはそもそも不可能なんです。

ですので、この世界は夢、幻想です。

非二元からみると、この世界は夢、幻想だと言われるのは、こういう仕組みがあるからなんですね。

そして夢から覚めようと促されるのは、この世界のエッセンスが恐怖からだからです。

非二元を理解するために



となると、非二元を理解したい。

一瞥を体験したい。

悟りを開きたい。

という欲求を叶えるために最初にすることというのは、問題がどこにあるかを認識することだと思いませんか?

今抱えている問題(悩み)に対処するということではなくて、問題はそもそも自分以外の場所にないという認識をきちんと持つということです。

問題(悩み)の向きを変えてみる



問題は自分以外の場所にないという認識のもとで、問題をみてみるとどう感じるでしょう?

外に向かっていた目を内側に向けるとどう感じるでしょう?

あまりにも理不尽すぎるように感じるかもしれません。

そうすると、「(どうせ)私が悪いんだな」という思いがでてくるかもしれません。

もしそうなら、ここですでにエゴの罠にはまっていることに気がつくでしょうか?

問題(悩み)が自分以外の場所にないことを認識することと、「自分が悪い」ことはイコールではありません。

問題(悩み)が自分以外の場所にないからといって、自分が悪いと考えてしまうのは、まさに私たちがここ(宇宙)へ来た理由を再現しているんです。

エゴの罠を見抜くこと



自分が悪いからダメというのは、罪悪感そのものですね。

自分への攻撃そのものですよね。

問題(悩み)が自分以外の場所にないと考えると、即座に、ほぼ無意識に「自分への罪悪感」もその問題にくっつけてしまいます。

これがエゴの巧妙な動きです。

その自分への罪悪感に耐えきれなくなると、問題をまた外に見出そうとします。

かつて私たちが恐怖を外側に放り出し、宇宙をつくったように。

そうそう、ループしているということなんです。

私たちが抱えている問題は、まだ形がない状態のときの意識である私たちがたどった道を再現し続けているということです。

永遠に近い時間の中で私たちはずっとこのループを繰り返しています。

このループの中で私たちは生まれては死に、生まれては死にを繰り返しています。

そしてこのループに風穴をあけるのが非二元の世界でもあるんです。
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