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私というドラマを生き、気づきという愛を奏でる|ノンデュアリティと非二元と悟り

A Course in Miracles(奇跡講座)をベースに非二元とこの世界の摩訶不思議さを生きるブログ
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気づきの意識が起こす第二の分裂、第三の分裂

こんにちは^^中村です。

ちょこっと前回の復習を下記でしますね。

より詳しい内容は第一分裂のことが書いてある記事、「純粋非二元からみる非二元(ノンデュアリティ)の気づきの意識とは?」をご覧ください。

神(真我)からの第一の分裂



ただただ、ただただ永遠の「恒常」だけで、それは欠けることのない一体(oneness)というものだけが在ったのですが、ものすごくわずかな、かすかな一瞬に、キリストのほんの小さな側面に、この一体(oneness)とは違う無邪気な好奇心が現れたかにみえたのです。

この無邪気な好奇心を奇跡講座では「小さな狂った考え」と言っています。

そしてこれが神から「第一の分裂」になりました。

奇跡講座ではこの気づきの意識のことを「決断の主体」と言っています。

ここまでが前回のお話しでした。

第二の分裂



気づきの意識からの第二の分裂


第二の分裂というのは、意識が決断の主体に在るときに「聖霊の意識」「自我(エゴ)の意識」の二つの意識が存在しているのが見えていることです。

二つの意識が見えている状態そのことが、第二の分裂として認識されています。

これは言いかえれば、選択肢があると気づく、ということでもあります。

その選択肢というのが、「聖霊の意識」と「自我(エゴ)の意識」という二つのものです。

神と一体のとき、そこには選択肢なんてありませんでした。

意識が第二分裂にいるとき、つまり最初の分裂で神との完全な一体化は思い出になります。

第三の分裂



気づきの意識からの第三の分裂

そして第三の分裂というのは、第二の分裂で「聖霊の意識」と「自我(エゴ)の意識」がみえているところから、「自我(エゴ)の意識」を選んだ状態です。

自我(エゴ)の意識を選ぶと第三分裂になります。

この第三の分裂がエゴと一体化した瞬間です。

それは私たちの意識の中で聖霊が思い出になったということです。

まとめ



まとめは神の使者の本の言葉を引用します。

ゲイリーの言葉です。

すると最初の心の分裂で意識が生じて、ほんとうはそんなことはないのに、ぼくが神から離れたと思わせるんだ。

夜、ベッドで夢を見ているのと同じように。

自分はまだベッドにいるのにそれがわからない。

あんたがた(聖霊であるパーサとアーテンのこと)が話しているこの分離の夢のなかでは、ぼくにとっての現実は夢で、天国は忘れられている。

夜、夢をみているときと同じで、夢を経験して夢に反応するけど、ほんとうの自分の居場所はまったくわからなくなっちゃうんだね。

第二の分裂で、起こっている事態には二つの解釈の方法があることに気がつく、―― 一つは真の自分である聖霊の方法、もう一つは分離と個別化された自己を代表するエゴの方法。

こうして心には二つの部分ができる。

そしてエゴを選ぶと、第三の分裂が起こるんだね?


次回へ続きます。
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