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私というドラマを生き、気づきという愛を奏でる|ノンデュアリティと非二元と悟り

A Course in Miracles(奇跡講座)をベースに非二元とこの世界の摩訶不思議さを生きるブログ
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■「私」というストーリー その2

「私」というストーリー その1はこちら

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「幸せってどこにあるんだ?」
たぶん多くの人が幸せってどこかにあるものだと思って、求めていると思います。

私もそうでした。

「幸せじゃないから、幸せにならなければ!!!」
と色々なことに挑戦してみました。

ウォーキングやお花やサークル活動、イベントへの参加や○○セミナー、瞑想などの精神世界、等々いろいろなことをしました。
その中で今も続いているのが、セラピーや占星術、タロットの勉強でした。

自分がとても生き辛くて苦しかったので、心の世界への興味がとわけ高かったなと思います。

本も1ヶ月に15、6冊読んでいたときもあり、この生き辛さの原因はなんなのか、どうしたら生きている感覚を得られるのか、そんなことを必死で探していました。

でももがいてももがいても、答えはみえてこず・・・。

幼少期の生育環境もとても影響しているのがわかったので、よいと言われる事をしてもやっぱり苦しくて苦しくて・・・。

訳の分からない生き辛さが、自分という人間への惨めさや情けなさになり、どんどん自己否定感が大きくなるばかりでした。

私は幸せになるためには何かにならないといけないと思っていました。

何かになるためには、このダメな自分をダメじゃない自分にしなければいけないのだと、セラピーなどもたくさん受けていました。

こんなダメな自分を何とかしたくて、イギリスまでカウンセリングを学びに行きました。

ダメな自分を変えなければ幸せになれないと思って・・・。

でも全然苦しみは減らず、なんだかどんどん苦しくなってくるのは、なんでだろう?どうしてだろう??と底なし沼のような深みに沈んでいくような、そんな怖さを感じてたのです。

今ならわかります。

ダメな自分を否定すればするほど、ダメな自分は強くなります。

なぜなら、私たちの現実は“今”この瞬間の積み重ねです。

“今”この瞬間がダメなら1秒先の自分もダメなのです。
ということは、未来永劫ダメな自分しか生まれません。

たとえ、歯をくいしばって目標を立てたとしても、ダメな自分が消えることはないのです。

マイナスにプラスをかけてもマイナスが大きくなるように、ダメな自分の立ち位置からは、決して幸せにはなれないということが分かったのです。

しかも、ダメな自分というのは単なる思い込みで、真実ではありません。

私はそのダメな自分という幻想にのめり込み苦しんでいました。

一度、「私は今まで不幸だったことなんてなかったんだ・・・」
「ずっと幸せだったのにどうして不幸だと思ったんだろう?」
というびっくりするような気づきを得たのですが、段々とその感覚もなくなっていきました。

そして何かが足りないような苦しい感覚、それはまるで水を飲んでも飲んでも喉が焼けつくような乾きです。
あるいは、砂漠の中で水を求めているようなそんな感覚だけが残りました。

「私は一体何がほしいのだろう?」
「幸せになるってどういうことなんだろう?私は何があれば幸せだと感じるんだろう?」
という底知れない、答えなんてないんじゃないかと思うような深い闇におちていくようで、とても怖かく、そしてとても疲れていました。

「あれから10年か・・・」という呟きには、生きる気力は残っていませんでした。

何にも手に入らなかった、苦しさだけが残ったこの感覚に絶望していました。

ただ、もう死ぬことも自分の選択肢としては残っておらず、生きることも死ぬこともできない自分をどうしていいのか本当にわからずに、その場に立ち尽くすことしかできませんでした。

「私」というストーリー その3へ続く

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