魂を癒すと人生の意味と目的がわかる|ノンデュアリティと非二元と悟り

A Course in Miracles(奇跡講座)は純粋非二元(Pure Nonduality)を通して本当の悟りに誘います
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■「私」というストーリー その4

「私」というストーリー その1はこちら

「私」というストーリー その2はこちら

「私」というストーリー その3はこちら

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長い長い探求の旅が終わりをつげましたが、これですべてがうまくいったわけではありませんでした。

頭(自我)というものはどうしても理由を探したくなります。

この体験を自分で理解しようとするのです。

理解して自分は「分かっている!!」とやろうとするのです。

人間の自我では決して起こせない、神の恩寵であるにも関わらず、、、

この見えている世界が幻想だとわかった・・・

けど、じゃぁどうすればいいの??

30代後半の大人が何をしたらいいのかが全くわからない状態になったのです。

体験したことの本当の意味を頭はまだ理解していませんでした。

頭と心が完全にちぐはぐ状態でした。

身体を左右から同じ力で引っ張られているような痛み、苦しさを味わっていたのです。

怒りも悲しみも喜びも・・・私の感情、思考というのは幻想で、それを生み出しているただ一つの意識、いまここにある意識が私の本体だとわかっても、この湧き出てくる怒りはどうしたらいいの?

この強い悲しみはどうしたらいいの?

頭が混乱していました。

それは、意識が180度引っくり返ったとき、一瞬エゴ(思考や感情)がぶわぁーーーーとどこかに吹っ飛んだからです。

その時、身体ってこんなに軽かったんだ~~~って「私という意識」はそれに心底感動していました。

でも数時間後またそのエゴたちは戻ってきました。(戻ってきてくれた?!(笑))

一度抑圧から外れたエゴ(感情や思考)を、再び抑圧することは難しく、暴れ馬のように激しく私の中で踊り狂っていたからです。

身体の中で大暴れする思考や感情に翻弄されながらも、自分がいかに感情を抑圧していたのかを知り、それが本当に本当にびっくりでした。

これでも何年も感情を解放することを生活の中に取り入れていたつもりだったのですから。(ちょっぴりショックでした・・・)

何よりも辛かったのは、この感情や思考の暴れ馬が日常生活に支障をきたすほどだったことでした。

仕事中に突然泣き出したり・・・そんなことが度々起こっていました。

そしてこの世界は幻想という感覚は、無気力感を体験以前よりも増やしてしまい、本当に何もする気が起きずにいたのです。

30代後半、完全に本当に完全に生きる方向を失いました。(今なら笑い話です^^;)

もともとだいぶ失ってはいましたが、さらなる虚無の世界へ落ちるようでした。

でも一つだけ違っていたことは、もう探求する必要がないということの感覚があったということでした。

答えはここにしかないということを知っているということは、これ以上無用な放浪を繰り返さずに済んだのです。

覚醒体験者の中には、この体験を再体験したくて、グルを求めて放浪する人も多くいます。

それはしなくていいことだけは知っていたことだけが私には救いでした。

でもただただ今ここにある意識に寄り添うことしかやれることがなく、休みの日は一日中、家の白い壁をみつめながらボーっとしていたのです。それが心地よくて心地よくて・・・10時間でも壁一点を見つめていることができました(笑)(はっきりいってヤバイ人です^^;)

今ここにある意識は愛そのものでした。

こんな自分でも100%受け入れられていることを感じることができました、、、

だからそんなに長時間、ただただその意識に浸っていることが出来たのかもしれません。

そしてその意識に寄り添っているとさまざまなことが分かりはじめました。

世界戦争が起こっているのはなぜか

世界で飢えが蔓延しているのはなぜか

人が殺されるということはどういうことなのか

平和になるためにはどうしたらいいのか

人間が存在することの意味

時間の存在とは?

過去世の存在とは?

感情や思考の存在意義

すぐに分かったわけではなく数年の時を経て、徐々に私の中で理解がされていきました。

それは小さなときの疑問への答えでもありました。

願いは叶えられたのだなと感じます。(めっちゃ長くかかりましたが^^;)

その中には自分がもう一度生きていこうとする道も含まれていました。

こればかりは自分のことなので、今でもあまり確信がもてませんが、それでも道はできてきています。

そして今でも大切で私の心の大きな支えになっている一番大切なことを知ることができたことが、覚醒体験の最大のギフトだったなと思います。

それは

“私”は何も知らない

ということです。

(終)

私のつたない体験を読んで頂きありがとうございました。

言葉は制限がありますので、言葉でこれを伝えるのは不可能なのは知っています。

ですので、何かしらの誤解や思い込みが発生しているかもしれません。

真実はあなたのハートにしたがってくださいね。

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追記(2017.11)

非二元を日々自分の生活に取り入れていたのですが、段々と行き詰まりを感じるようになっていきました。

そしてその後のストーリーは「純粋非二元(pure nonduality)」へと導かれていくことになります。

もしよかったら下記に続きを綴っていますのでご覧いただければ幸いです。

「非二元と純粋非二元(pure nonduality)の違いとは?その1」

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